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現役車両の形式

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○モ161形(1928年~)
 1928年から製造された形式で、当初は電5形という名称でした。現在も活躍しているのは、いずれも1928年製造の車両です。16両が製造されましたが、戦災に伴う車番整理により15両となり、2000年以降は廃車が進んでいます。冷房化改造はなされていないため、夏季は営業運転には入りません。
 トップナンバーである161号車は2011年に“昭和40年代復刻仕様”として整備され、貸切専用車となりました。ただし、三が日の増発時は営業運転に入ることがあります。

○モ351形(1962年~)
 1962年から5両が製造され、木造車のモ101形の置き換えが進みました。2013年から順次、行先表示器がLEDに取り替えられました。

○モ501形(1957年~)
 1957年に5両が製造されました。2013年から順次、行先表示器がLEDに取り替えられました。

○モ601形(1996年~)
 1996年から7両が製造されました。この車両の導入により、日中の全車冷房化が達成されました。一部の機器はモ121形から流用されたもので、先に製造されたモ701形よりやや性能が劣るため、外観はほぼ同じもののブレーキランプが点灯しないなどの差異があります。2004年から順次、行先表示器がLEDに取り替えられました。また、2010年以降、シングルアームパンタに換装された車両もあります。

○モ701形(1987年~)
 1987年から11両が製造され、阪堺電気軌道として初めての新製車両で、現在では最多数の主力形式です。2004年に行先表示器がLEDに取り替えられたほか、2007年から、乗降口のツーステップ化(当初からツーステップの710・711号車を除く)が行われました。2010年以降、シングルアームパンタに換装された車両もあります。

○1001形(2013年~)
 2013年から3編成が製造され、初の超低床車・連接車です。堺市の支援策の一貫で導入されたこともあり、形式には“堺トラム”の愛称がつけられたほか、各編成にも“茶ちゃ”“紫おん”“青らん”の愛称があります。2013年8月にあびこ道以南で営業運転を始め、2014年3月から天王寺駅前にも乗り入れるようになりました。

多彩な車両カラー

 阪堺電車では、ほぼすべての車両が広告をまとっているのも特徴的です。ここ数年では、黄色と青色が鮮やかな岡崎屋質店の広告車が最も多くなっており、阪堺電車と言えばこの色の印象の方も多いのではないでしょうか。なお、最近15年程度の広告車の変遷はこちらでまとめています。

最多の広告主は「岡崎屋質店」
▲最多の広告主である「岡崎屋質店」の広告車

 広告車は1976年の上町線ワンマン化に先立ち、1975年10月に始まったもので、ワンマン運転対応車を区別する意味がありました。このときに登場したのが雲柄の塗装(以下、雲電車)で、立石電機(現・オムロン)が広告主となり、キャッチフレーズが一文添えられたものでした。雲電車は緑色(モ161形161~168号)、青色(モ161形168~175号、モ301形)、オレンジ色の3色(モ351形・モ501形)となりました。雲電車は当時も好評であったようで、最近でも各色の復刻塗装が度々行われています。
 続いて、翌1977年12月からモ205形の一部も広告車両となり、こちらは広告主がタマノ井酢(1994年以降は「タマノイ酢」表記)で、側面に波の柄が描かれたものでした。この広告車はその後モ151形のワンマン対応車や京都からやってきたモ251形にも広がりました。その後、タマノイ酢の広告車は様々なデザインで2007年まで走り続けました。
緑色の雲電車166号 青色の雲電車164号 オレンジ色の雲電車504号
▲近年でも復刻塗装として走る雲電車

 1980年の平野線廃止および阪堺電気軌道(株)の発足で全車ワンマンカーとなり、以後、様々な広告車が登場するようになりました。また、雲電車に関するところでは、その後、広告車ではなかった黄色の雲電車(1986年頃)や、雲柄の上に住信住宅販売の広告が載ったもの(1994年頃)、また広告解除により白色の部分を塗りつぶしてオレンジ1色にしたもの(1982年頃)などがあったようです。広告解除により塗りつぶすタイプは、医療法人錦秀会の解除塗装(2001年9月~2004年9月)が直近の例となっています。広告解除後は、塗りつぶすタイプのほか、緑色に白帯(当サイトでは旧型車標準色と表記)が存在したほか、モ701形登場当初の色(当サイトでは新型車標準色と表記)となる場合もありましたが、いずれも現在はありません。
旧型車標準色161号 新型車標準色607号
▲旧型車標準色と新型車標準色